武豊騎手が天才と呼ばれる理由は?引退は? | 穏健なる競馬のブログ

武豊騎手が天才と呼ばれる理由は?引退は?

武豊騎手は最近でこそ勝利数が減ってきましたが、ただその点については毎日杯で大きな怪我をしたこととも関係があると思いますし、

武豊騎手は天才と呼ばれてきて、年間で200勝を挙げることもあれば、武豊騎手が乗る馬が人気になったりしていた時期もありました。

その武豊騎手のすごさとはどういう面なのでしょうか?

ここでは騎乗技術やメンタル面などから武豊騎手のすごさを改めて見てみたいと思います。

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武豊騎手の身長と体重は?嫌いな食べ物は?

まず武豊騎手の簡単なプロフィールを振り返ると以下のようになります。

身長170cm(騎手の中では高い方ですね。)

体重50kg

生年月日 1969年3月15日生まれ

ちなみに同じ誕生日では、ノーザンテーストという日本で10回のリーディングサイヤーに輝いた名種牡馬がいます。

(馬と比べられても!)

・奥さんは言わずと知れた佐野量子さん

・嫌いな食べ物はニンジン

幼い頃から身近に馬がいた環境だったようで馬にニンジンをあげることが多く、「ニンジンは馬が食べるもの」という見方が強くなっているそうです。

(参考:「決断」徳間書店 P27)

・武豊町(たけとよちょう)という町が愛知県にある

(それは関係あんのかな?・・・)

天才・武豊騎手のすごさ~騎乗技術

また武豊騎手は天才と呼ばれてきましたが、そこには様々な理由があると言われています。

まず技術的な面では体内時計が精密だと言われますし、騎乗フォームにも特徴があるとも言われていて、騎乗では馬の呼吸を意識しているとも言われています。

「ペースを体感する感覚は世界でも超トップ。精密なスピードメーターを搭載したジョッキーだから、ポジショニングにミスがない。何十年に一人の名手です」

(引用元:Number Plus 競馬 黄金の蹄跡 P70 伊藤雄二元調教師)

「馬の背と自分の背中のラインとが綺麗な平行線であり、それら2本の線がある程度離れている。前に行きたがる馬の力を抜くには理想的なフォームです。(中略)特に武君などは、私たちがまねしようと思ってもできないバランスのとり方をしていますね」

(引用元:「決断」徳間書店 P46~47 野平祐二元調教師)

「馬の呼吸を意識して乗るようになったころから、勝ち鞍が増え始めたんです」

(引用元:「決断」徳間書店 P122)

騎乗技術としては素人の私が見て分かることは少ないですが、武豊騎手の騎乗を見ていて美しいと思うことはありますし、

それは馬を走らせる技術を高めた結果としての「機能美」があるからなのかもしれません。


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天才・武豊騎手のすごさ~頭脳

また頭脳面では若い頃から「歩く競馬四季報」というニックネームが付けられていました。

それぞれの馬に関する記憶力が抜群だそうで、馬は毎年入れ替わりがありますが、

それだけ普段から自分が乗る馬以外にも興味があって熱心に馬のことを勉強してきたことの現れとも言えると思います。

そしてそれは競馬に対する情熱から生まれるのかもしれません。

天才・武豊騎手のすごさ~メンタル面

そしてメンタル面では何より競馬が好きなことが挙げられますし、海外遠征にもよく出かけていましたし、いまだに勝利に対する貪欲な姿勢を保ち続けています。

またレースでも隙がないとも言われていて、2017年の春の天皇賞ではキタサンブラックに騎乗して勝利を挙げましたが、

その時にシュヴァルグランに騎乗していた福永騎手は「人馬ともに隙がなかったですね」と武豊騎手の騎乗ぶりについて語っています。

(参考:Number 927 ダービージョッキー最強伝説 P67)

個人的に武豊騎手がスゴイと思う点は、例えばジャパンカップダートでクロフネを勝利に導いた時。

このレースではクロフネ-武豊騎手は3コーナー過ぎで早々と先頭に立つ競馬を見せましたが、東京の2100mダートでこうしたレースをするのも驚きで、

常識に捉われていない頭の柔軟性や、思い切った騎乗ぶりを大舞台でやってのける豪胆さに武豊騎手のすごさを感じます。

馬に乗っていれば「イケる」という手応えがあるのかもしれませんが、大胆な騎乗をしてもしもレースで負けてしまったら・・・

その点を考えると思い切った騎乗を大舞台でやってのけることは非常に勇気が必要なことだと思います。

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武豊騎手の引退は?

また武豊騎手はこれまで大きな怪我に見舞われたこともあり、そのために以前に比べても勝利数が減っている現状はありますが、

武豊騎手はこれまでの発言でも引退については否定的で、以下のような発言もしています。

「ぼくは、成績が落ちたからといって引退することは絶対にありません。辞めるときは、馬に乗れなくなったときか、まったく騎乗依頼がなくなり、JRAから『もう引致しなさい。免許の更新はできない』と言われたときだけです。」

(引用元:「決断」徳間書店 P252)

この点からも騎手という仕事に対する情熱が伺われますし、大きな怪我をしてからはリーディングジョッキーになることが難しくなりましたが、

成績に陰りが見えると様々なことも言われてしまうのも、第一人者なればこそ、と言えるのかもしれません。

終わりに

武豊騎手は以前に比べると勝利数は減っていますが、怪我の影響もあったと思いますし、やはり数多くの名馬の背を知るジョッキーでもあります。

また競馬をやらない人でも武豊騎手の名前は知っていますし、様々なコメントや受け答えを聞いていても第一人者として競馬界を引っ張ろうとする責任感も感じます。

そういえば武豊騎手は最年少記録を次々と塗り替えましたが、岡部騎手は56歳まで騎手を続けました。

今後は最年長記録を更新していくのでしょうか?

武豊騎手ならやってのけそうな気もしますし、今後はそんな視点で武豊騎手の活躍を楽しみにしたいと思います。

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